荒巻 慶士

UPDATE
2017.11.29

企業法務関連情報

懲戒の心得

    会社の人事担当の方から、社員を懲戒できるか、できるとしてどの程度の処分が相当かについて、相談を受けることがよくあります。

    これは、すぐには回答が出ない相談で、懲戒対象となっている社員がどんな人か、どのようなことをしたのかを詳しくお聞きすることになります。つまり、社歴、地位、所属部署、担当業務、勤務態度、成績などその人に関わることや、問題になっている行為やその結果、影響などを、多角的に検討するわけです。同時に、その会社がどのような会社なのか、規模や事業内容、懲戒処分についてどのような姿勢を取っているのかといったことも考慮します。

 

 検討しながら思うのは、そもそも会社はどうして社員を懲戒できるのかということです。契約という点から言えば、会社と社員は雇用関係に立っているにすぎません。その一方当事者が他方当事者を懲らしめる、制裁を与えるというのは、何だか上から目線で、おかしな話です。とはいっても、会社の就業規則を見ると、大抵の会社は、懲戒処分について定めを置いていますし、懲戒すること自体は違法ではないと一般的に考えられています。

 

 では、懲戒せずに、会社はやっていけないでしょうか。そうでもないのではないかと私は考えています。

 懲戒をする目的を考えるとき、二つのことが思い浮かびます。一つは、本人に反省を促して更生させること。もう一つは、制裁により社内の規律を維持することです。刑法の世界では、それぞれ、「特別予防」、「一般予防」などと言われるものです。

 ここで、懲戒処分の内容をみると、よくある例では、軽いものから、「戒告」に始まり、「減給」や「降格」を経て、極刑といわれる「懲戒解雇」に至るわけですが、雇用の契約ルールに基づいたとしても、似たような措置を取ることは可能です。戒告は書面で注意・指導し、減給は損害賠償、降格は成績評価により、懲戒解雇は普通解雇で対応、といったようにです。このような方法でも、適切に運用すれば、十分に本人は悔い改め、他の社員もしっかりやらなければと引き締まることになるのでないでしょうか。

 

 たしかに、会社は一つの社会で、ルール違反にはペナルティをというのはわかりやすいですが、犯罪に対し国家が刑罰を科すという局面とは次元に違いがあるといわざるを得ないと思います。

 そうすると、懲戒処分は慎重に、さまざまな事情を多角的に検討し、バランスの取れた処分を公平に科すことが大切です。特に罰として会社から身分そのものを放逐する懲戒解雇については、感覚的な表現になりますが、だれから見ても「文句なく悪い」という場面で適用するのが適当です。紛争化した場合、懲戒権の濫用により無効とされるケースがしばしば見られるところです。

後藤 慎吾

UPDATE
2017.10.16

その他

スタートアップ・ベンチャー支援の醍醐味

事務所を設立してから1年半余りが経ちました。大企業から中小企業・個人まで幅広くご依頼をいただいている当事務所ですが、立ち上げ当初から、スタートアップ・ベンチャー企業(VB)に対する法的な支援には力を入れています。この間、企業として産声を上げたばかりのVB、助走期間を経て首尾よく離陸することができたVB、画期的技術の開発に成功し大きく飛躍を遂げたVBなど様々なVBに対して力を尽くすことができました。スタートアップ・ベンチャー支援を業務の柱の一つとしたいと私が考えるようになったのは、ある会社との出会いがあったからです。

 

その会社とのお付き合いは既に10年以上になります。同じ会社に勤めていた同僚4人が神奈川県伊勢原市で会社を立ち上げ、順調に事業を拡大していましたが、その過程で法律問題が生じ、気軽に相談できる弁護士を探していました。その会社の社長が、私が司法修習生時代に時折通っていた割烹料理屋の常連だったことから、女将さんの紹介でお付き合いが始まりました。私にとっては弁護士の仕事を始めてから初めて顧問契約を結んでいただいた会社です。ベンチャー企業の雰囲気には社長のキャラクターが多分に影響します。社長が関西出身ということもあるのか、その会社の雰囲気は家族的で、和気あいあいとしたものでした。私はそのような温かみのある会社の雰囲気がとても好きになり、私の家族を連れて会社のイベントに参加させていただくこともありました。

 

私が法律顧問としてお手伝いを始めてから数年が経ったある日、社長から電話があり、理由も告げず、今日会えないかとのことでした。お会いしてみると、リーマンショックのあおりを受けて大赤字に陥り会社の存続が危ぶまれる状況であり、経費節減のために顧問契約を解約させてもらえないかという話がありました。財務的基盤が強固でない中小企業にとって当時の未曽有の金融危機の影響は甚大でした。私は、すぐさま、そのような状況であれば契約の解約は当然のこと、法律問題が生じれば無償で相談にのるのでいつでも連絡をください、と言いました。本心からこう言えたのは、それまでに共有した時間の中で相互の信頼に基づく人間関係を築くことができたからだと思います。

 

その後、この会社は、リーマンショックのあった2008年の翌年には大規模プロジェクトを受注し、文字通りV字回復を果たしました。さらには、従来から有していた高度な技術を別分野に応用し新規事業を創出するなど、持続的な成長を実現しています。私は顧問契約の解約から半年後には再度法律顧問として迎えていただき今日に至ります。

 

私がスタートアップ・ベンチャー支援に注力していきたいと考えているのは、この会社とのお付き合いのような、強い信頼に基づいた人間関係を多くの有為な方々と築いていきたいと心から望んでいるからです。この会社には私にスタートアップ・ベンチャー支援の醍醐味を教えてくれたものと大変感謝しています。

 

今年の6月には改正個人情報保護法のレクチャーのため久しぶりに本社社屋を訪問し、その後会社敷地内にあるウッドデッキで役員・社員の方々とのBBQに参加させていただきましたが、あんなに大変なこともあったけれどここまで大きくなったんですね、と焼酎片手に語り合える幸せ。これぞ顧問弁護士冥利に尽きるというものでした。

荒巻 慶士

UPDATE
2017.09.26

その他

死に向かうリアリティ

    先日、死にまつわるドキュメンタリーをテレビで見ました。敬老の日の夜、NHKの放送でした。がん患者の死を多く看取ってきたという医師が、自ら末期がんを患っていることがわかり、その死までの1年余りが映像で記録されたものです。最近、あまりテレビを見なくなりましたが、時々こういう素晴らしい番組に出会うことがあります。

 番組では、住職でもあるという医師の田中雅博さんが、たんたんと死について語る場面に始まり、火葬場で焼かれ骨となるまでの光景が、時の推移にしたがって、映し出されていきます。その過程は、死の〝プロ〟ともいうべきこの男性にとってさえ、いら立ち、不安、苦しみを免れるものではありません。

 死というものは、抽象的なものではなく、言おうとしていることが言えないとか、ものごとを覚えていられないとか、好きだったアイスクリームすらのみ込めないだとか、目の前にいることが当たり前の、家族ら、親しい者が見えなくなるという、極めて具体的なことがらであり、その周囲の者たちが、会えなくなるという全く同じ思いをするという点で、自分だけの恐怖ではないことを、深く思い知らされます。

 静かさに至る道のりは、なだらかな坂道ではない。それを含めて受け入れることが死に向かう境地であり、そこに立つことは真に勇気のいることです。その覚悟は、テレビカメラを前にしてありのままの姿を撮影することを許したところに、たしかに感じ取ることができました。

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