荒巻 慶士

UPDATE
2018.07.25

最近の法律関係情報

働き方改革関連法の成立

 

 働き方改革関連法案は、平成30年5月から6月にかけて、衆参両院を通過し、同法は成立しました。施行の時期は改正の内容により異なりますが、平成31年4月1日を基本として、順次施行されることになります。その内容が、多数の労働関連法規にまたがり、法律名を改めたり、ある法律の内容を別の法律に移したりという大がかり、かつ重要なものであることは、すでにこのコラムで述べましたが、今回は、その中身を具体的にご紹介したいと思います。

 

 まず、長時間労働を是正するために、時間外労働について上限が画されます。月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む。)、2か月ないし6か月の各平均で80時間(同)が限度とされ、罰則をもって規制されることになります。

 中小企業については、月60時間超の時間外労働に対する50%以上という割増賃金率の適用が猶予されていましたが、その猶予措置は廃止されることになりました。これは平成35年4月1日に施行される予定です。

 また、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対しては、使用者はそのうち5日について、毎年、時期を指定して与えなければならないとされました。

 

 次に、多様で柔軟な働き方を実現するために、フレックスタイム制の清算期間の上限が1か月から3か月に延長されることになりました。

 また、国会で野党の強い反対を受けていた、いわゆる高度プロフェッショナル制度が創設されました。これは、特定の高度に専門的な業務に従事する高年収の労働者について、労働基準法上の労働時間・休日等の規制の適用を除外するというものです。過重労働に対する懸念を考慮して、年間104日の休日が確実に取得されることなどの健康確保措置を講じることや、本人の同意や委員会の決議等を要件として、適用されることとされています。適用対象となる業務や年収の基準については、今後、厚生労働省令で定めることになっていますが、金融商品の開発・ディーリング、アナリスト、コンサルタント、研究開発などの業務が念頭に置かれ、年収1075万円の水準が参考とされています。

 

 雇用形態に関わらない公正な待遇の確保、すなわち、いわゆる非正規雇用による格差の是正も重要な改正のポイントです。

    まず、短時間(パートタイム)・有期雇用労働者に関しては、正規雇用の労働者との間で、不合理な待遇格差が禁止されていましたが、その不合理性の判断については、個々の待遇ごとに、その待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断される旨が明確化されました。これは、平成30年6月1日になされた2つの最高裁判決(ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件)においてなされた検討の方法と同様のものです。なお、有期雇用労働者について不合理な待遇格差を禁止していた労働契約法20条は、法律名を「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理に改善等に関する法律」に変更したパートタイム労働法内に収容されることになっています。

    また、短時間労働者については、すでにパートタイム労働法に規定がありましたが、有期雇用の労働者についても、職務内容と職務内容・配置の変更範囲が同一である場合には、均等の待遇を確保しなければならないことになりました。

 他方、派遣労働者については、派遣先の労働者との均等・均衡待遇、一定の要件(同種業務の一般の労働者の平均的な賃金と同等以上の賃金であること等)を満たす労使協定による待遇のいずれかを確保しなければならないこととし、その公正な待遇が図られるように定められました。

 このような正規雇用労働者との待遇差の内容・理由等については、短時間労働者・有期雇用労働者・派遣労働者から求めがあった場合、使用者はこれを説明する義務を負うこととされています。雇用する側の会社としては、雇用形態による待遇差について合理的な説明ができるように、処遇を検討する必要が出てきます。

 このような非正規格差是正に関する改正は、平成32年4月1日に施行されることになっています。

 

    以上個々の規制について紹介をしてきましたが、今回の法改正については、背景にある理念に注意が必要です。

 雇用対策法は、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」という名称に変更され、その目的には、「労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実並びに労働生産性の向上を促進」することが加えられています。この理念が、労働時間の短縮や多様な就業形態の普及、雇用・就業形態の異なる労働者間の均衡・均等待遇の確保に関する各種の法規制につながっているわけです。

 雇用対策法から名称の変わるこの法律の第6条には、事業主の責務として、雇用する労働者の労働時間の短縮その他の労働条件の改善その他の労働者が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就業することができる環境の整備に努めなければならないものとされています。

     今回の法改正は、少子高齢化を背景とした、成長戦略としての労働政策の色彩を帯びており、今後も同様の趣旨の法改正や政策の展開が予想されるところです。

                             

後藤 慎吾

UPDATE
2018.06.13

その他

最善手

先日、自宅近くで催されている将棋教室で高野智史四段に将棋をご教示いただきました。たまたまその前の週に、NHK教育テレビで毎週放映されているNHK杯選で高野先生が永瀬拓矢七段に快勝されたのを拝見していたので、こちらは勝手に緊張しながら指しました。高野先生の飛角桂香6枚落ちでしたが、その一手一手に、ああそうか、と思わされることがあり、とても勉強になりました。

 

将棋は、一戦一戦に必ず勝者と敗者が存在することになります。勝ち負けを競うことを職業とする人のことを勝負師といいますが、まさに棋士はその代名詞です。翻って、私たち弁護士が日常取り扱っている訴訟も、この業界以外の方からしてみれば、勝訴と敗訴に分かれることになり、勝ち負けがはっきりする仕事だと思われるかもしれません。しかし、将棋の世界とは相当に様相が異なります。

 

まず、将棋は棋士の実力だけが勝敗を分けることになります。対局が始まるときには、先手・後手の駒の配置は全く同じであり、そこからどのように陣形を組み立てていくかはその棋士次第です。それに対して、訴訟では、弁護士が依頼者から相談を受けた段階で、そこで説明を受けた事実関係や証拠資料から事件の見通しがつき、勝敗がある程度予想できることも少なくありません。

 

また、将棋は勝ち負けが必ずつきます。それに対して、訴訟では、必ず判決で100%の勝ち負けが決まるというわけではなく、例えば、民事訴訟では一部認容(勝訴)判決が下されることもありますし、判決の前の段階で原告・被告間の和解(合意)により、一方が70%勝ち、他方が30%勝ち、というような解決の仕方が採られることもあります。当事者間で紛争になり弁護士が介入するような事件では、双方ともに相応の言い分を有している場合もあるのです。

 

このように将棋と訴訟とでは勝敗のつけ方が異なるわけですが、私は、訴訟などの紛争解決の依頼があった場合には、事実関係や証拠資料から的確に見通しをつけ、たとえそれが依頼者にとって不利なものであったとしても、そこであきらめず、できる限り有利な方向に導けないかを考えるようにしています。将棋の用語で最善手という言葉があります。その局面において最も良い手という意味であり、棋士は対局において常に最善手を繰り出そうと必死になって読みを働かせるのです。この点は弁護士も同様であり、私は、問題となっている事件において依頼者のために最善手が何であるかを粘り強く探ることを心がけています。

荒巻 慶士

UPDATE
2018.05.30

最近の法律関係情報

テレワーク普及に向けての課題

 働き方改革関連法案が国会で審議されています。その内容は、多数の労働関連法規にまたがり、法律名を改めたり、ある法律の内容を別の法律に移したりという大がかり、かつ重要なもので、成立の状況を見て、このコラムでも追って取り上げたいと考えていますが、今日論じたいのは、この法律案の背後にある、わが国の労働のあり方を画期的に変えていこうとする取組みのうち、柔軟な働き方がしやすい環境の整備としてのテレワークの推進についてです。

 

 短時間で終わるのにプライベートの用事がいくつかあって出社できない、自宅で仕事ができたらとか、移動時間や待ち時間を利用して仕事ができないか、そうしたら残業も減るのに、などという話はよく聞くところで、在宅勤務やモバイル勤務のニーズは高いのではないでしょうか。

 この4月から保育園に行き始めた子どもが熱を出し、大事をとってお休みするという場面で、午前は妻が自宅で様子を見、午後は裁判所から急ぎ戻ったわたしが交代するということがありました。妻がパソコンや携帯電話を使った自宅での勤務ができれば、わが家ももっと無駄のない時間の使い方ができたでしょう。

 働き方改革の一環として、国はこのテレワークを積極的に普及させようとしています。たしかに、人口減少の中で労働力の掘り起こしにつながるうえ、自由度の高い働き方は社員にとっても歓迎、会社にとっても業務の効率化に資するという長所があります。

 

 このように利点の多いテレワークですが、導入についてはさほどの広がりを見せていません。労働法務の立場から見ると、たしかに困難な問題が控えています。厚生労働省は、平成30年2月22日に、情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインを策定しました。テレワークの普及を図ろうとしたはずのものなのですが、その中身を見ると、導入しにくさを感じるものとなっています。ガイドラインには、次のような言葉が並んでいます。

 使用者はテレワークの場合にも労働時間を適正に把握する責務を有する、いわゆる中抜け時間については、労働者が労働から離れ、自由利用が保障されている場合、休憩時間や時間単位の年次有給休暇として取り扱うことは可能としつつ、移動時間について使用者の明示又は黙示の指揮命令下で行われるものは労働時間に該当する、フレックスタイム制は活用可能だが、あくまで始業・終業時刻を労働者に委ねる制度のため、労働時間の把握が必要、といった具合です。

 労働時間は労働基準法で規制がされており、法定時間外の労働については割増賃金の支払義務が生じます。テレワークであっても、雇用契約である以上、この規制がかかってくるので、ガイドラインの述べるところもやむを得ないのかもしれません。

 こうした労働時間の規制がかからない場合として、労基法38条の2が定める事業場外みなし労働時間制があります。事業場外で業務に当たった場合で、労働時間の算定が困難であるときには、一定の時間労働したものとみなすというものです。ところが、この制度の適用の可否は厳格に判断されており、先のガイドラインでも、①情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと、②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないことが必要と記載されています。これでは、例えば、必要な時は連絡が取れる状態にするよう求めたり、メールのやり取りをしながら作成資料の内容を詰めたりするようなケースでは、この制度の適用ができるのかどうか問題となってきます。進捗の管理やコミュニケーションが難しくなることから、この制度を採用することに二の足を踏むことになりかねません。しかも、この制度を採ったとしても、事業者は、労働者の健康確保の観点から、勤務状況を把握し、適正な労働時間管理を行う責務があるともされているのです。

 結局、テレワークといっても、勤務開始時・離脱時に、仮にそれが届いたことに気づいて一本のメールを返信したというような場合であっても、逐一報告を求めて、記録にとどめるという方向になり、これでは社員も会社も煩わしく、どこが自由な働き方なのだろうということになりかねません。ガイドラインは、長時間労働を防ぐために、メール送付の抑制、システムへのアクセス制限、時間外・休日・深夜労働の原則禁止などの手法を推奨する、ともしています。

 

 社員に時間の自由を与える場合、その反面として、会社にはこのように厳格すぎる時間管理の義務を一部緩めるのが現実的なのではないでしょうか。不当な長時間労働の強制については、例えば、労使協議の中できちんと解決できる仕組みを作るなど、知恵を絞って対策を取る。さもないと、雇用の中でテレワークは活用されず、働き手にとってはより不安定な自営による形態しか普及しない可能性があるように思います。 

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