民法822条は、親権者は、監護・教育に必要な範囲内で子を懲戒することができる、と定めている。こういう条文があることをご存知なかった方もいると思うが、今、この規定の改正が、削除を含めて、国会や法務省で検討されている。虐待に関する痛ましい事件報道に接するが、この懲戒権が虐待の口実にされているという。
虐待に当たるような行為が、親権者による懲戒として正当化されるはずがないと思いつつ、民法の注釈書として古くから著名な注釈民法(新版)を紐解くと、「しかる・なぐる・ひねる・しばる・押入に入れる・蔵に入れる・禁食せしめるなど適宜の手段を用いてよい」と記載されているので、少し驚く。しかし、この後は、「目的を達するについて必要かつ相当な範囲を超えてはならない…必要かつ相当であっても、懲戒の方法・程度はその社会、その時代の健全な社会常識による制約を逸脱するものであってはならない」と、慎重に続けられている。懲戒権の内容も、時代が移り替わるとともに、解釈の変更があり得るということだ。
この6月19日に、国会では、児童虐待防止法の改正法が成立し、その14条には、体罰が、監護・教育に必要な範囲を超えるものであることが明記され、懲戒として許されないことが明確になった。
ところで、最近、自宅の近くで、「あんたは同じことを何度言われたらわかるの」と、母親が子どもに大きな声で問いかけるのを見た。「ねえ。聞いているの。ねえ」と、両肩をつかんでゆすり、なじるようでもある。これは、親の子に対する指導としてセーフか。無理はない、気持ちはよくわかる、そもそも懲戒(罰)ではないしね、と思う。最後に、「何度言われてもわからないあんたは、馬鹿なの」と言っていたら、どうだろう。
家族法の世界から目を転じて、労働法の世界でも、懲戒というものがある。会社の社員に対する懲戒権を明示的に定めた法律はないが、一般的には、社内秩序を守るために懲戒はなし得るものとされている。しかし、肉体的に痛みを与える罰は論外ということになる。それでは、新人の肩をつかんで、上司が、「お前はいつまで同じミスをしているんだ。何回言ったらわかるんだ」と言ったらどうだろう。一定の手続の下で処分する必要があるという点は横に置いて、訓戒といった種類の懲戒もある。最後に「アホか」と言ったら? このようなやり方では、パワハラの誹りを受けて、逆に懲戒されかねないというところだろうか。
企業内でも、かつては、鉄拳制裁というものがあった。しかし、今は、「愛のムチ」は、会社でも、家庭でも、許されない時代になった。さらに、表現や言葉遣いまでこまかく問題になっていくと、ちょっと窮屈にはなってくる。