後藤 慎吾

UPDATE
2017.08.22

その他

愛車アコードに乗って

アメリカに留学していた頃、ある日本の女優さんを車の助手席に乗せてワインで有名なナパバレーに出かけたことがありました。片道2時間ほどの小旅行です。その女優さんとはその1か月前にサンフランシスコで知り合ったばかり。異国の地で、テレビでしか知らなかった女性とドライブすることになるとは、思いも寄らぬことでした。といっても、後部座席には妻・娘・息子が乗ってぎゃーぎゃーいってましたけどね。今回のコラムではその知り合った日のことを書こうと思います。

私は、その日、午前8時から9時50分までのMergers & Acquisitions(企業買収)という授業に出た後、午前10時からのAntitrust(競争法)という授業に出る予定だったのですが、その教室に行ってみると真っ暗でした。教室の前にいた友人に聞くと前日に授業がキャンセルになった旨のメールが回っていたとのことでした。

 

Antitrustの授業の後に午前11時20分からTorts(不法行為法)という授業があったのですが、ふとその授業をさぼってドライブでも行こうかな、と思い立ちました。その日のとても晴れわたったカリフォルニアの青空がそうさせたのだと思います。とっさに妻に電話して、サンフランシスコから少し南にあるパシフィカという町の海岸線沿いにあるGorilla BBQというお店でリブを食べようということになりました。その日は娘がぐずって幼稚園を休んでおり、夕方に幼稚園に迎えにいく必要がなくなったので遠出することができたのです。

パシフィカまでの道すがら、小切手2通を病院と携帯会社に郵送する手続をしようと郵便局に立ち寄ったのですが、とても混んでいたので諦めました。そこで小切手の入った封筒をダッシュボードの上に置いて愛車アコードを出発させたのでした。

車を飛ばして1時間ほどでGorilla BBQに着いたのはよかったのですが、その店は海の前にあるということもあって、車のドアを開けたとたん、小切手の入った封筒2通が突風にあおられて天高く飛んでいってしまいました。家族で必死に探した結果、30分後に50メートルくらい離れた山肌にかろうじて1通を見つけました。リブを食べた後また探しまわったのですが、もう1通はどうしても見つからず午後2時過ぎに諦めてバークレーに帰ることにしました。

愛車アコードがサンフランシスコに差し掛かると、妻が化粧水を買うためにデパートに行きたいと言い出しました。ハイウェイを降り、ナビでパーキングを探したりしながらサンフランシスコの中心部にあるPost Streetという道路を走行中、目の前の信号が赤になりました。車を止め、ぼおっと視線を前に向けていると目の前の横断歩道をとても綺麗な日本人の女性が通ったのです。その人が冒頭で述べた女優さんでした。異国の地という非日常のなせる業か、妻はさっと車を降りて話しかけ、たちまちその女優さんと仲良くなってしまいました。

今でもこの日の出来事を思い出すことがあります。そして、この世のすべての人の人生は偶然の積み重ねの上に成り立っている、という至極当然のことを認識させられるのです。

もし、Antitrustの授業がキャンセルされていなければ、
もし、私が真面目にTortsの授業を受けていたら、
もし、あの日、私がGorilla BBQのリブではなくて、Chipotleのタコスを食べたくなっていたら、
もし、娘がぐずらないでいつも通り幼稚園に行っていたら、
もし、立ち寄った郵便局がすいていたら、
もし、パシフィカがその日風一つない穏やかな日だったら、
もし、私がもう一通の小切手の捜索に執念を燃やしていたら、
もし、妻の化粧水が切れていなかったらetc. etc.

「もし」を数え上げたらキリがありません。

そのうちの一つでも違った事実が積み上げられていたならば、私の家族はあの日、あの時、あの場所にいなかっただろうし、今、こうやってコラムを書いている私の頭の中にある記憶も全く違ったものになっていたはずです。

私の好きなアインシュタインの言葉に“There are only two ways to live your life. One is as though nothing is a miracle. The other is as though everything is a miracle.”というものがあります。同じものを見ても心持ちによって全く違うように見えるものです。たとえ毎日が平凡と感じても、明日は今日と全く違うものになっているかもしれない。そう思うだけでわくわくしてくるのは私だけではないだろうと思います。あの日の偶然は、そういった考え方を私の中に根付かせてくれた象徴的な出来事でした。

後藤 慎吾

UPDATE
2017.06.23

その他

You can only connect the dots looking backwards.

今年の初めからある海外スポーツブランドの日本法人立上げのお手伝いをさせて頂いています。独立前まで在籍していた米国ローファームの東京オフィスにおいて、外国企業の日本進出の案件に携わったことがあり、今回の案件においてはその経験がうまく活かされることになりました。

 

表題の一文は、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチ(Steve Jobs’ 2005 Stanford Commencement Address)の中にある有名なフレーズです。日本でもこのスピーチよく知られていますよね。私も留学準備をしていた時に英語の勉強を兼ねて何度も聞きました。ジョブズは、大学を中退した後も大学に留まり興味の赴くままにカリグラフィーの授業を受けましたが、そこで得た知識が後年Macintoshのデザインに活かされることになります。彼がカリグラフィーの勉強をしていた当時は、後に自分がMacを製作することになるなんて全く想像もしていなかったわけです。そういった経験を踏まえて、彼はこう言っています。

 

“You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something – your gut, destiny, life, karma, whatever. Because believing that the dots will connect down the road will give you the confidence to follow your heart even when it leads you off the well-worn path and that will make all the difference.”

 

すべての人について言えることですが、今ある自分自身というものは、これまでの日々で得た経験、知識、出会い・・・の集合体であるわけです。将来のことをあれこれ思い悩むのではなく、将来においてそれらが何らかの意味を持つことを信じて、自分が好きだと思えることに真剣に取り組めということ言っているのだと思います。ジョブズは、このスピーチの中で、彼自身の経験から、今を愚直に生きるということの大切さを教えてくれています。

 

翻って考えてみると、私自身も、これまでの道のりで得られた周りの方々とのつながりやこれまでに習得した知識・経験がなければ、冒頭で触れた案件の依頼はなかったでしょうし、また、そこでの経験がさらに次の仕事に繋がっていくものなのだと思います。後先のことは考えずに、日々頂いた仕事を真剣に、愚直に、そして感謝の念をもって行う。独立して1年余りが経った今、その大切さを改めて実感しています。

後藤 慎吾

UPDATE
2017.04.14

その他

当たり前のことだからこそ

本日、私が執筆した「適格機関投資家等特例業務の実務―平成27年改正金商法対応」が中央経済社から刊行されました。編集・校正・装丁の担当者の方々を始め多くの方のご尽力があってここに至ることができました。心より感謝申し上げます。

 

私の著書がどれだけの方の手に取っていただけるかはわかりませんが、わが国で発行部数500万部を超える書籍は「窓ぎわのトットちゃん」(黒柳徹子)、「道をひらく」(松下幸之助)、「ハリー・ポッターと賢者の石」(J.K. Rowling)の3つしかないそうです。私は事務所までバスで通勤しているのですが、今その行き帰りで「道をひらく」を読んでいます。

 

「道をひらく」は、松下幸之助が記した121篇の短文をまとめたものであり、「その一篇一篇は、時にふれ折にふれての感懐をそのまま綴ったものであるが、この中には、身も心もゆたかな繁栄の社会を実現したいと願う私なりの思いを多少ともこめた」(まえがき)と説明されています。本書では、誠意・感謝・精進・素直・工夫・勤勉・忍耐といった人が備えるべき品性・人格的能力の大切さについて述べられているのですが、人が生きていくうえでそれらが体現されるべきことは私たちの胸の内に刻まれていたとしても、普段の生活においては忘れがちで、このことに思いをめぐらすことはあまりないのではないかと思います。

 

私は、数年に一度は「道をひらく」を紐解くようにしています。それは、上記の普遍的な道徳的価値について今一度意識的に考えてみる契機を与えてくれるからです。松下幸之助の実直な、そして味わい深い言葉に接することで、自分自身の生活や仕事上の行状を振り返り、自らの愚かさ・浅はかさに気づかされ、心をあらたにすることができるのです。その一篇一篇は、そうした内省の機会を読む人に与えてくれます。「道をひらく」にはある意味で当たり前のことが連綿と書かれているのですが、当たり前のことだからこそそれを真剣に語りかけてくれる書籍は実は少ないのだと思います。この書が発行から既に半世紀を経ようとしている現代でも売れ続けている理由はまさにここにあるのでしょう。

 

さて、わが書の発行部数は「道をひらく」に比べたらほんとうに微々たるものであろうと思いますが、購読いただいた方に少しでもお役に立てればと願っています。

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