荒巻 慶士

UPDATE
2018.05.30

最近の法律関係情報

テレワーク普及に向けての課題

 働き方改革関連法案が国会で審議されています。その内容は、多数の労働関連法規にまたがり、法律名を改めたり、ある法律の内容を別の法律に移したりという大がかり、かつ重要なもので、成立の状況を見て、このコラムでも追って取り上げたいと考えていますが、今日論じたいのは、この法律案の背後にある、わが国の労働のあり方を画期的に変えていこうとする取組みのうち、柔軟な働き方がしやすい環境の整備としてのテレワークの推進についてです。

 

 短時間で終わるのにプライベートの用事がいくつかあって出社できない、自宅で仕事ができたらとか、移動時間や待ち時間を利用して仕事ができないか、そうしたら残業も減るのに、などという話はよく聞くところで、在宅勤務やモバイル勤務のニーズは高いのではないでしょうか。

 この4月から保育園に行き始めた子どもが熱を出し、大事をとってお休みするという場面で、午前は妻が自宅で様子を見、午後は裁判所から急ぎ戻ったわたしが交代するということがありました。妻がパソコンや携帯電話を使った自宅での勤務ができれば、わが家ももっと無駄のない時間の使い方ができたでしょう。

 働き方改革の一環として、国はこのテレワークを積極的に普及させようとしています。たしかに、人口減少の中で労働力の掘り起こしにつながるうえ、自由度の高い働き方は社員にとっても歓迎、会社にとっても業務の効率化に資するという長所があります。

 

 このように利点の多いテレワークですが、導入についてはさほどの広がりを見せていません。労働法務の立場から見ると、たしかに困難な問題が控えています。厚生労働省は、平成30年2月22日に、情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインを策定しました。テレワークの普及を図ろうとしたはずのものなのですが、その中身を見ると、導入しにくさを感じるものとなっています。ガイドラインには、次のような言葉が並んでいます。

 使用者はテレワークの場合にも労働時間を適正に把握する責務を有する、いわゆる中抜け時間については、労働者が労働から離れ、自由利用が保障されている場合、休憩時間や時間単位の年次有給休暇として取り扱うことは可能としつつ、移動時間について使用者の明示又は黙示の指揮命令下で行われるものは労働時間に該当する、フレックスタイム制は活用可能だが、あくまで始業・終業時刻を労働者に委ねる制度のため、労働時間の把握が必要、といった具合です。

 労働時間は労働基準法で規制がされており、法定時間外の労働については割増賃金の支払義務が生じます。テレワークであっても、雇用契約である以上、この規制がかかってくるので、ガイドラインの述べるところもやむを得ないのかもしれません。

 こうした労働時間の規制がかからない場合として、労基法38条の2が定める事業場外みなし労働時間制があります。事業場外で業務に当たった場合で、労働時間の算定が困難であるときには、一定の時間労働したものとみなすというものです。ところが、この制度の適用の可否は厳格に判断されており、先のガイドラインでも、①情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと、②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないことが必要と記載されています。これでは、例えば、必要な時は連絡が取れる状態にするよう求めたり、メールのやり取りをしながら作成資料の内容を詰めたりするようなケースでは、この制度の適用ができるのかどうか問題となってきます。進捗の管理やコミュニケーションが難しくなることから、この制度を採用することに二の足を踏むことになりかねません。しかも、この制度を採ったとしても、事業者は、労働者の健康確保の観点から、勤務状況を把握し、適正な労働時間管理を行う責務があるともされているのです。

 結局、テレワークといっても、勤務開始時・離脱時に、仮にそれが届いたことに気づいて一本のメールを返信したというような場合であっても、逐一報告を求めて、記録にとどめるという方向になり、これでは社員も会社も煩わしく、どこが自由な働き方なのだろうということになりかねません。ガイドラインは、長時間労働を防ぐために、メール送付の抑制、システムへのアクセス制限、時間外・休日・深夜労働の原則禁止などの手法を推奨する、ともしています。

 

 社員に時間の自由を与える場合、その反面として、会社にはこのように厳格すぎる時間管理の義務を一部緩めるのが現実的なのではないでしょうか。不当な長時間労働の強制については、例えば、労使協議の中できちんと解決できる仕組みを作るなど、知恵を絞って対策を取る。さもないと、雇用の中でテレワークは活用されず、働き手にとってはより不安定な自営による形態しか普及しない可能性があるように思います。 

荒巻 慶士

UPDATE
2018.01.26

最近の法律関係情報

セクハラか、それとも口説きか

    新しい年を迎えました。ご挨拶が遅れましたが、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。早いもので当事務所も、この3月で開設からちょうど2年となります。これからもますます皆様のお役に立てるよう尽力して参ります。

    さて、今年最初のコラムは、近年ご相談が増えているセクシャル・ハラスメントについて書きたいと思います。

 

    女性は、これってセクハラですよね、という。

    男性は、たしかに少しやりすぎたかもしれないが、相手も嫌がってなかったし、という。

    寄せられた被害申告を踏まえて会社が直面する当事者本人の言葉として、よくあるケース。さて、これをどうしたものかと困ってしまうわけです。

 

    テレビや映画の優秀作品を選ぶゴールデングローブ賞の授賞式が今月7日、米国・ロサンゼルスで開かれ、例年は色とりどりの華やかな衣装をまとう女優たちが、今年はセクハラに抗議して、決まって黒のドレスで登場したことが話題になりました。他方で、その2日後に、女優カトリーヌ・ドヌーブさんらが、仏・ルモンド紙に、男性に口説く自由は認められるべき、と意見を発表したことが報道されました。

    もちろん性的暴力を容認する趣旨ではないと思いますが、〝恋愛大国〟からこのような発言が出て、その行為は適法なのか違法なのか、境界線は実は曖昧だということを改めて感じました。

 

    当事務所は、予め使用者側、労働者側と決めてご相談を受けていないので、セクハラの相談も、会社、加害者、被害者、労働組合といろんな立場の方から持ち込まれてきます。聞いてみると、それぞれ言い分があり、その主張には相応の正当性が認められることも多いのです。

    職場の環境は大切で、女性を始め、弱い立場の者でも気持ちよく働くことができるよう、会社は配慮すべきです。しかし、私生活もやはり重要。過干渉な会社はいただけない。職場で花咲く恋もあるはずです。あだ花や不倫の妖しい花となって問題化することもたしかに多いのですが…。

 

    法的に決着させるとすると、グレーという結論はありません。どこかで境界線を引くことになります。具体的な事情を踏まえて判断することは当然ですが、その境界は、突き詰めていうと、その時代の社会通念、つまり常識で決まるといえます。これに従い、現在、「アウト」の領域が広がりつつあるのは理解しておくべきでしょう。さて、愛の国フランスではどうでしょう?

 

荒巻 慶士

UPDATE
2017.11.29

企業法務関連情報

懲戒の心得

    会社の人事担当の方から、社員を懲戒できるか、できるとしてどの程度の処分が相当かについて、相談を受けることがよくあります。

    これは、すぐには回答が出ない相談で、懲戒対象となっている社員がどんな人か、どのようなことをしたのかを詳しくお聞きすることになります。つまり、社歴、地位、所属部署、担当業務、勤務態度、成績などその人に関わることや、問題になっている行為やその結果、影響などを、多角的に検討するわけです。同時に、その会社がどのような会社なのか、規模や事業内容、懲戒処分についてどのような姿勢を取っているのかといったことも考慮します。

 

 検討しながら思うのは、そもそも会社はどうして社員を懲戒できるのかということです。契約という点から言えば、会社と社員は雇用関係に立っているにすぎません。その一方当事者が他方当事者を懲らしめる、制裁を与えるというのは、何だか上から目線で、おかしな話です。とはいっても、会社の就業規則を見ると、大抵の会社は、懲戒処分について定めを置いていますし、懲戒すること自体は違法ではないと一般的に考えられています。

 

 では、懲戒せずに、会社はやっていけないでしょうか。そうでもないのではないかと私は考えています。

 懲戒をする目的を考えるとき、二つのことが思い浮かびます。一つは、本人に反省を促して更生させること。もう一つは、制裁により社内の規律を維持することです。刑法の世界では、それぞれ、「特別予防」、「一般予防」などと言われるものです。

 ここで、懲戒処分の内容をみると、よくある例では、軽いものから、「戒告」に始まり、「減給」や「降格」を経て、極刑といわれる「懲戒解雇」に至るわけですが、雇用の契約ルールに基づいたとしても、似たような措置を取ることは可能です。戒告は書面で注意・指導し、減給は損害賠償、降格は成績評価により、懲戒解雇は普通解雇で対応、といったようにです。このような方法でも、適切に運用すれば、十分に本人は悔い改め、他の社員もしっかりやらなければと引き締まることになるのでないでしょうか。

 

 たしかに、会社は一つの社会で、ルール違反にはペナルティをというのはわかりやすいですが、犯罪に対し国家が刑罰を科すという局面とは次元に違いがあるといわざるを得ないと思います。

 そうすると、懲戒処分は慎重に、さまざまな事情を多角的に検討し、バランスの取れた処分を公平に科すことが大切です。特に罰として会社から身分そのものを放逐する懲戒解雇については、感覚的な表現になりますが、だれから見ても「文句なく悪い」という場面で適用するのが適当です。紛争化した場合、懲戒権の濫用により無効とされるケースがしばしば見られるところです。

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