後藤 慎吾

UPDATE
2018.02.05

その他

丸善の二階

私たちの事務所は日本橋室町にあり、事務所に出勤する際には、バスで八重洲まで来てそこから中央通りを神田方面に向かって15分程歩いています。その途中に、丸善日本橋店があります。その2階に法律書が置いてあり、時間があるときにはそこに立ち寄ってから事務所に行くこともしばしば。昨年4月に発売された私の本は何故か未だに面陳列(本を棚に立てて、背ではなく表紙を見せて陳列する方法をこういうそうです)で置いてあります。いつ見てもうずたかく積みあがっていて誰かが買ってくれた気配はないのですが・・・。

 

さて、事務所を立ち上げてから2年が経とうとしています。ようやく読書をする余裕ができたので埃をかぶったkindleを引っ張り出して、今年に入ってから久しぶりに夏目漱石や芥川龍之介を読んでいます。子供のころから親しんできたせいか、ふと何か読もうと思うと最初に手を伸ばすのはいつも決まってこの二人なのです。

 

ところで、在りし日に師弟であったこの二人の文豪の最高傑作とも称される二つの作品の中には、共通する書店の名前が出てきます。

 

つまり、夏目の「こころ」には

 

「私はこの一夏を無為に過ごす気はなかった。国へ帰ってからの日程というようなものをあらかじめ作っておいたので、それを履行するに必要な書物も手に入れなければならなかった。私は半日を丸善の二階で潰す覚悟でいた。私は自分に関係の深い部門の書籍棚の前に立って、隅から隅まで一冊ずつ点検して行った。」

 

とあり、また、芥川の「歯車」の第三章「夜」は、以下のような書き出しで始まります。

 

「僕は丸善の二階の書棚にストリントベルグの「伝説」を見つけ、二三頁ずつ目を通した。それは僕の経験と大差のないことを書いたものだった。・・・

 日の暮に近い丸善の二階には僕の外に客もないらしかった。僕は電燈の光の中に書棚の間をさまよって行った。・・・」

 

それでは当時の「丸善の二階」はどういうところだったのでしょうか?

田山花袋はその名も「丸善の二階」という作品でこう書き表しています。

 

「十九世紀の欧州大陸の澎湃とした思潮は、丸善の二階を透して、この極東の一孤島にも絶えず微かに波打ちつつあつたのであつた。

 丸善の二階、あの狭い薄暗い二階、色の白い足のわるい莞爾した番頭、埃だらけの棚、理科の書と案内記と文学書類と一緒に並んでゐる硝子の中、それでもその二階には、その時々に欧州を動かした名高い書籍がやつて来て並べて置かれた。・・・」

 

丸善の二階は、夏目や芥川といった当時の文化人にとって、真新しい海外の思惟に触れることのできる特別な場所だったのでしょう。情報通信技術が発達し、ブラウザを通して国内外の情報をいとも簡単に入手できる現代の丸善の2階には「欧州を動かした名高い書籍」は並んでいません(ちなみに現在は3階に洋書売り場があります)。その代わりといってはなんですが、煌々とした照明のもとで書籍が整然と並べられた塵一つない書棚に、私の本が、引き取り手が現れるのを待って今も所在なげに佇んでいます。売れ残っている風なのは少々考えものですが、その姿を見るにつけ、私の愛する二人の文豪との時空を超えた微かな接点を感じるようで、少しうれしくなる自分がいるのでした。

後藤 慎吾

UPDATE
2017.12.13

その他

若い時の苦労

我が事務所では、企業の海外進出支援や国際法務対応に力を入れており、これまでに取り扱った案件も、英文契約書の交渉・作成・レビュー、外資系企業の本社社員とのコミュニケーション、海外の弁護士との連携など渉外的要素を含むものが多くありました。今でこそ、このような案件に支障なく対応できていますが、それができるようになったのも、渉外案件に必死になって取り組んだ若手時代があったからだと思っています。

 

私は、弁護士として仕事を始めるまで英語に対する苦手意識が強かったように思います。付属校から大学に進学したので大学受験を経験しておらず、また、その後も、弁護士実務の中で渉外案件を扱うようになるまでほとんど英語に触れる機会を得ようしなかった(むしろそれから逃げていたといった方がよいかもしれません)ので当然です。そんな私が司法修習修了後に入所した法律事務所は、渉外分野で有名な事務所だったのですから無謀としかいいようがありません。

 

その法律事務所に入所した後は、金融分野に興味があったことから、キャピタルマーケットという、企業が株式や社債等の有価証券を発行し市場から資金を調達する際の法律業務を担当することが多くなりました。そして、弁護士3年目のときから、企業がユーロ市場やシンガポール市場などの海外市場で資金を調達する案件を任されるようになりました。この案件では、企業が投資家に配布する目論見書や現地の主幹事証券会社と締結する契約書などはすべて英語で作成しなければなりません。その分量も数百ページに及ぶ膨大なものです。また、発行金額が数百億円に及ぶような高額な案件も多く、それらの法的書面に間違いがあれば発行会社に多大な損害を与えるかもしれないと思うと、英語表現の一言一句にまで気を遣わなければなりません。どれだけやっても終わりが見えず、終電を逃しタクシーで帰宅する毎日。当初はこれらの書面のドラフトやレビューにとても時間がかかり、私はこの仕事に向いていないのではないかなどと悩むこともありましたが、夜通し英文契約書を読み込む毎日を何年も続けると、その独特の用語や構造が頭の中に叩き込まれたのでしょうか、いつしか苦も無くこれらの業務を行うことができるようになっていました。

 

若い時の苦労は買ってでもせよ、とよくいいます。人が80歳まで生きるとして、20歳のときにした苦労によって得た経験・知識・技術といったものはその後60年間の人生の財産になりますが、60歳の時にした苦労によって得た経験などはその後20年間の人生の財産にすぎません。であれば若い時に苦労した方がお得なわけですね。現在、政府は「働き方改革」の名のもとに長時間労働対策を講じることを掲げています。総論としては賛成ですが、労働はお金をもらうためだけにするものではありません。経験・知識の蓄積や技術の向上といった自分自身の財産構築の意味合いもあるわけです。そのような財産を築くためにもっと働きたいと考える若者がその希望を叶えられるようにしてあげることも必要なことだと思います。今年、私自身四十路に入り、弁護士生活も15年目を迎えました。私は、ずいぶん前に若者とは言えない年齢になってしまいましたが、それでも、職業生活はまだ折り返し地点にも達していません。これからも更なる財産を築くために一層の努力をしていきたいと考えています。

 

早いもので2017年も残すところ1月を切りました。2018年も、これまで同様、クライアントの皆様とのご縁を大切にしながら、社会に意義のある仕事をしていきたいと思っています。本年のご厚情誠にありがとうございました。また、来年も何卒よろしくお願い申し上げます。

後藤 慎吾

UPDATE
2017.10.16

その他

スタートアップ・ベンチャー支援の醍醐味

事務所を設立してから1年半余りが経ちました。大企業から中小企業・個人まで幅広くご依頼をいただいている当事務所ですが、立ち上げ当初から、スタートアップ・ベンチャー企業(VB)に対する法的な支援には力を入れています。この間、企業として産声を上げたばかりのVB、助走期間を経て首尾よく離陸することができたVB、画期的技術の開発に成功し大きく飛躍を遂げたVBなど様々なVBに対して力を尽くすことができました。スタートアップ・ベンチャー支援を業務の柱の一つとしたいと私が考えるようになったのは、ある会社との出会いがあったからです。

 

その会社とのお付き合いは既に10年以上になります。同じ会社に勤めていた同僚4人が神奈川県伊勢原市で会社を立ち上げ、順調に事業を拡大していましたが、その過程で法律問題が生じ、気軽に相談できる弁護士を探していました。その会社の社長が、私が司法修習生時代に時折通っていた割烹料理屋の常連だったことから、女将さんの紹介でお付き合いが始まりました。私にとっては弁護士の仕事を始めてから初めて顧問契約を結んでいただいた会社です。ベンチャー企業の雰囲気には社長のキャラクターが多分に影響します。社長が関西出身ということもあるのか、その会社の雰囲気は家族的で、和気あいあいとしたものでした。私はそのような温かみのある会社の雰囲気がとても好きになり、私の家族を連れて会社のイベントに参加させていただくこともありました。

 

私が法律顧問としてお手伝いを始めてから数年が経ったある日、社長から電話があり、理由も告げず、今日会えないかとのことでした。お会いしてみると、リーマンショックのあおりを受けて大赤字に陥り会社の存続が危ぶまれる状況であり、経費節減のために顧問契約を解約させてもらえないかという話がありました。財務的基盤が強固でない中小企業にとって当時の未曽有の金融危機の影響は甚大でした。私は、すぐさま、そのような状況であれば契約の解約は当然のこと、法律問題が生じれば無償で相談にのるのでいつでも連絡をください、と言いました。本心からこう言えたのは、それまでに共有した時間の中で相互の信頼に基づく人間関係を築くことができたからだと思います。

 

その後、この会社は、リーマンショックのあった2008年の翌年には大規模プロジェクトを受注し、文字通りV字回復を果たしました。さらには、従来から有していた高度な技術を別分野に応用し新規事業を創出するなど、持続的な成長を実現しています。私は顧問契約の解約から半年後には再度法律顧問として迎えていただき今日に至ります。

 

私がスタートアップ・ベンチャー支援に注力していきたいと考えているのは、この会社とのお付き合いのような、強い信頼に基づいた人間関係を多くの有為な方々と築いていきたいと心から望んでいるからです。この会社には私にスタートアップ・ベンチャー支援の醍醐味を教えてくれたものと大変感謝しています。

 

今年の6月には改正個人情報保護法のレクチャーのため久しぶりに本社社屋を訪問し、その後会社敷地内にあるウッドデッキで役員・社員の方々とのBBQに参加させていただきましたが、あんなに大変なこともあったけれどここまで大きくなったんですね、と焼酎片手に語り合える幸せ。これぞ顧問弁護士冥利に尽きるというものでした。

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